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流れの理

 朝まだき、川霧が田の(あぜ)を低く流れ、村はいつもより半刻早く目を覚ました。山の社から牛車(ぎっしゃ)が下りてくると聞いたからだ。先頭を歩く長老の樫兵衛(かしべえ)のうしろで、荷台のむしろがやけに丸く盛り上がっていた。

 触るな。まず寄合(よりあい)だ。

 樫兵衛の声は低かったが、村の者はみな足を止めた。むしろがほどかれると、そこには桃があった。桃と呼ぶには大きすぎる、石臼ふたつ分の丸い実だった。薄紅(うすべに)の皮には、川面のような筋がゆらゆらと走っている。

石の通り道

 痛みには性格がある。

 包丁みたいに一気に来るやつもいれば、借金取りみたいに、朝の六時にチャイムを連打してくるやつもいる。あの日の痛みは後者だった。しかも丁寧に、玄関ではなく体の内側から。

 最初は、腰の奥に小さな釘が一本打ち込まれたみたいな違和感だった。寝返りを打てば抜けると思った。抜けない。布団を蹴って立ち上がると、釘はきゅっと回され、私の中でネジになった。時計は六時十二分。月曜。最低な曜日に、最低な客が来た。

火桶は聞いている

 炭が、ぱち、と鳴った。

 夜番の詰所は、廊下の角にへばりつくようにある。几帳(きちょう)(すそ)から入る冷えは遠慮を知らず、壁際の火桶(ひおけ)だけが、ここはまだ人の居るところだと赤く言い張っていた。

 乙丸(おとまる)は、その火桶へ両手をかざしたまま言った。

「わしは今日、三度、死にかけた」

 向かいの末成(すえなり)がすぐ食いつく。

「三度とは小さいな。おれなど五度だ。いや六度でもよい」

「勝手に増やすな。六度も死にかけるやつは、もう一度くらい本当に死ぬ」