高校から大学にかけての時代、私は中庸でありたいと思っていた。今でもそう思ってる。この単語は「凡庸」と混同している人も多いのだが。本来の意味は、偏らないこと、そして変わらないこと。それを保てなくなることをこそ、私は恐れるのだ。自らの老いにより判断力は日に日に鈍り、ネットの気を利かせたお節介なパーソナライズにより受け取る情報は偏っていく。それに抗うために、この本から何らかの示唆が得られるかどうか。

別に応援してるスポーツのチームの情報をパーソナライズしてくれるのはいいんですよ。今は競技で括るような雑なカテゴライズじゃなくて、チームで見てくれるし。ただ、時事問題みたいなものはもっと広く知っておきたいわけよ。いろんな意見と対立軸、論点を押さえておきたいと。

それで。この本の情報には意外なこともあり、そりゃそうだよということもあり。既存メディアの影響が大きいとか、匿名やめても効果がないとか。

韓国の実名制は効果がないというか、減ったんだけど、普通の投稿も同じくらい減ってヤバい投稿の率は変わらなかったらしい。そもそも違憲だったので廃止されたとかいう話。

まとまった情報を得られたという意味では、読んで良かったと思った。対策の5箇条みたいなものについては、あまり響かなかったが。構造というか仕組みみたいなものが分かれば、対策は立てやすいと見た。

アメリカの建国神話の新説? 新説なのかどうかはよくわからないが…割と楽しく(?)読めた。

高校生の頃に(子供向けの)アメリカの歴史の本を読むという英語の授業があった。自分にとっては割と難しかったんだけど、そこで大体どういう建国のされ方をしたかというのを知った。だいたいね。なぜかピンポイントで「プエブロ」という単語を覚えているのはそのせいだ。逆に世界史の一部でアメリカ史を習った記憶はないんだよね。まー私立の付属校だったから、カリキュラムが標準からは外れてたみたいで。

それに対して、この本が示すアメリカの歴史というのはなかなかの暗黒だ。どいつもこいつも悪魔みたいな…マトモなのはフランスとオランダの人たちくらいじゃないの。当然マジョリティではないが。で、そいつらの勢力の成り立ち、移り変わりと、その影響が現代にもつながっているということを示している。元々のアメリカ史に詳しかった人にとっては、衝撃的なのかなあ。

この本を読んだ後どこに産まれたくないかって、そりゃディープサウスだよな。どこもひどいが、特にひどい。

狂人の天才が集まって悪いことをする話…? まあその表現は表現として、面白い話ではあった。主要登場人物がそれぞれ別の思惑を持っているのがいい。それぞれ主役を張れるくらい中身がある。騙し合い、腹の探り合い。その果てにあるものは?

この本を読もうと思ったのは、勤めている会社の近くの地理が出てくるという話を聞いたから。のっけからアラブではあるんだけど、確かに出てきた。なるほどあのへんか。

しかし、事実は小説よりさらに先を行き、東京オリンピック2020はコロナで延期…まるでSFの世界なんだな、我々が生きているのは。

BKBの人の書いた、ショートショート集。なかなか良くできていて、ファンの人以外の人の鑑賞にも余裕で耐えられるクオリティ。本のタイトルにもなっている一編は抜群に良かったが、それ以外もなかなかの腕前だった。

小学生の息子も読んでましたが、後から自分も読んでみたら、ちょっと小学生が読むには早いかなーと思う、夜の街が舞台になっている内容が多かったかな。

ひきこもりに関する本。

目立たないけど、割と多いんですね。今回のコロナのおかげで私も外に出ることは少なく、家族以外の人間との接点はなくなってしまいました。まあ会社の人とは通話もあるしたまに会社に行くこともありますけど。だから、自分の場所からは、「ひきこもり」という生活は薄い壁の向こうにあるという感覚がある。紙一重とまでは言わないが、岩盤が我々を隔てているとは言い難い。

この本はいろいろ書いてあって参考になった。人間の脳ってへんてこりんな反応をするようにできてるんだろうなと想像する。依存症に関してもそうだけど、刺激の与え方一つで簡単にバグるんだ。神ですらない、狭い世間の匙加減ひとつで人生が変わる。その柔軟性が種としては強みであるのかもしれないね。

自分としては、自分がそうなるという恐怖がまずあり、家族がそうなるという恐怖もまた、あるんだな。お隣さんとか近めの親類がひきこもりでも、全然いいんだけど。家族だと困るというのが、どうしてもあるよねw

トマト缶。なんと平和な物体だろう。しかしその先には深い深い闇があった。またすごい本を読んだなぁ。

アメリカではケチャップは正式に野菜と認定されていて、ケチャップがドバドバかけられたピザがサラダという扱いで給食に出てくるらしいです。カロリーゼロ理論に近い。

それはともかく、缶詰やケチャップに使われるトマトはなかなかブラックな作られ方をしている。アメリカ・カリフォルニアの機械化の話は確かに残酷な面はあるが非人道的とまでは思えなかった。究極の効率を追い求めつつ、アメリカ的な話だよね。中国の新疆ウイグル自治区の話もまあ、アメリカ方式を目指してるんだろうなって。軍との関係はかなり勉強になったよ。イタリア南部の話はわりとひどいな。マフィアが仕切り、移民をこき使って…

作り方に関しても、わりと衝撃的だ。まず缶詰に使われるようなトマトは丸くないんだそうだ。細長くて、取り扱いやすい。思わずググって画像を確認してしまったよ。それが熱されて3倍とか8倍の濃縮トマト液になる。新疆ウイグル自治区で生産されたそれがドラム缶に詰められて、海を渡って工場に送られて、水で薄めてそのまま缶詰になったり、添加物満載で激安になったり…

しかしトマトペーストなんてそんなに食うもんかねぇ、という気もしたよ。和食で使うことは少ないし、自炊してた頃も、トマト系のはケチャップくらいしか使わなかったよ。今もそれほど食ってないと思う。それは私が日本に住んでいるためなのかどうか。

世界が滅亡に向かう。その時、日本のムラでは…

この著者らしい、長台詞の思考が現実になっていくやつね。割とクセになる。ちょっと無理があるんじゃないか、という感想を塗り潰していく長い台詞と展開。読者は徐々に世界設定を捉えながら、どれがハッタリでどういう思惑で…と考えながら読み進めることになる。

昔はただ好きってだったんだけど、この年齢になって読むとこれ、著者はかなり大変な作業をしてるんだろうなと想像してしまう。動きは少ないが目まぐるしく変わる状況と登場人物それぞれの思惑、無駄のない長台詞と思考の応酬…

逃亡者系の小説。なぜか人望がある奴なんだけど、逃げ切れるのか、それとも?

ちょっと都合が良すぎる展開もあるんだけど、それでもなかなかいい感じに読ませてくれる。損得で言えば全員マイナスになってて、大きな謎も残されたまま。ほとんど誰も報われないんだけどね、まあなんだかんだで楽しく読めたから、それでいいか…って感じ。

小泉政権末期、2006年ごろの本。当時は消費者金融が激動期を迎えていた。今は当時よりは下火かな。歴史を感じる。そのあとの、過払金請求の弁護士側のビジネスも、もう少ないんじゃないかなという印象がある。なかなか悪辣だったよね。竹内力の『ミナミの帝王』とか好きだったなぁ。

当時のこういう、貧乏人から絞り尽くすビジネスって今はどうなってるんだろう。思いつかないな。さらっと出てこない。もうちょっと知識にアップデートかけてかなきゃなー、と実感した。人類にとって、この方向のビジネスがなくなるわけはないんで、我々はその罠を避けて生きなければならない。

ヘイト本対策委員会、みたいな本。ヘイト本というのは何だろう、ネットから拾ってきた言説で中国とか韓国を叩くだけの、内容のない本ね。ネトウヨ向け? 割とよくある。確かに世の中の本屋で並んでいる光景を見たことがあって、誰が買ってるんだろうと思ってた。ネトウヨは実は読書習慣がある人が少なくて、むしろ老人男性がよく買っているらしいよ。で、国内の老人男性は偏った尊皇攘夷? 思想化が進んでいる。あいつらなぜか反米ではないんだよな不思議と。かつて祖国を占領し今も陽に陰に支配下に置いているというのに。屈辱感じねーの? こないだ読んだ日本マンセーみたいなノリの気持ちの悪い本もこの範疇にある。

まあ正直…私も日に日に老人男性というカテゴリに近づいている年頃。ただこの種の本…自分の人生には関わりのない話ではありそう。まー、ネトウヨ現実にいるけどね。左側の活動家も老人化が進んでいるという印象はあるが、どうなんだろう。我々は世代を重ねるごとに…従順になりすぎてないか?

私も攘夷思想は少しありますが、この本の中では古谷某に近くて、単にアメリカにムカつくというだけ。歴史的には、直接的に打ち負かされた強大で狡猾な相手よ。やり返さなくてどうする! なんてね。だから割と鳩山政権を評価してたりするw よりによって。

本屋の空気が好きで、老人攘夷男性でない人にとっては死活問題ではあるんでしょう。私は若い頃は本屋好きでしたけど、今はそうでもない。本はAmazonで買うか図書館で借りるか。大規模書店でもたまに買うけどね。頻度は低いし、暇さえあれば本屋に入り浸るような生活は、もうしていないんだ。それでも若い頃は…本屋か、ホームセンターで工具を見てるのが好きでしたね。そう言えばそうだったなぁ。

この本によれば、ヘイト本はひところよりはあんまり売れなくなったらしい。たぶん、マーケットの縮小に伴って絶滅するんじゃないかなあ。本という存在自体が下火になってるという状況もある。私は純粋な文芸、まともな研究からくる論評、人類の中で正義を探す冒険、刑務所文学、あとは超絶くだらない本が好きだからさ、そういう本の市場規模が増えて、いい本を次々に読みたいとは思うよ。ただの趣味の問題だが。

この本の著者はヘイト本が駄目だ、作るやつや売るやつはどういうつもりなんだ! という正義にこだわっているが、供給側の問題と言うよりは、買う人が多いという需要側の問題をどうにかするほうが、より正義に近いと思った。人間がヘイト本を好む状況になるのはどうしてなのかと。で、需要は縮小してたというのが分かってホッとした部分はあるね。