縁側に座っていた登世は、ラジオから流れてきた一言に、湯呑みを持つ手を止めた。
「沢見堤の老朽化に伴い、来月より大規模な改修工事を行う予定です。工事期間中は河川敷の通行が制限されますので、ご注意ください」
孫の渚は麦茶のグラスを置きながら、ぼんやりとその放送を聞いていた。だが、隣に座る祖母の手が止まったことには気づいた。
「おばあちゃん、どうかした?」
「ああ、ごめんね。少し前から、堤防の方で重機の音がするなと思っていたの。もう始まるのね」
縁側に座っていた登世は、ラジオから流れてきた一言に、湯呑みを持つ手を止めた。
「沢見堤の老朽化に伴い、来月より大規模な改修工事を行う予定です。工事期間中は河川敷の通行が制限されますので、ご注意ください」
孫の渚は麦茶のグラスを置きながら、ぼんやりとその放送を聞いていた。だが、隣に座る祖母の手が止まったことには気づいた。
「おばあちゃん、どうかした?」
「ああ、ごめんね。少し前から、堤防の方で重機の音がするなと思っていたの。もう始まるのね」
朝、目が覚めると、天井のしみをしばらく眺めるのが、いつからか習慣になっていた。蒲生茂三、七十八。妻の千代を見送って三年、家の中で鳴る音といえば、自分の立てる物音だけだ。止まったままの柱時計を横目に、茂三は身支度をする。行く先だけは、決まっている。
「やまびこストア」の自動ドアは、開くたびに半音ずれた電子音を鳴らした。茂三はその間の抜けた音を、自分の一日のはじまりの合図のように聞いていた。
朝の靄がほどける前のスクランブル交差点には、誰もいない。
甲斐千夏は信号柱の根元にしゃがみ、細い刷毛の先で錆を描いていた。雨垂れの通り道に沿って、上から下へ。途中で一度だけ息を止め、穂先を逃がす。錆は描くものではなく、流すものだ。この三年で手が覚えた。
顔を上げれば、見慣れた看板群が朝の光を待っている。家電量販店、ファストフード、消費者金融。文字はどれも、実在の店から一画だけ変えてある。嘘の街の決まりごとだ。その向こうにそびえているのは、ビルではなく杉山だった。建物はどれも三階分までしかなく、その上は剥き出しの鉄骨と空になっている。ときどき、本物の鳩が迷い込んでくる。偽物の街で、鳩だけが本物だった。
痛みには性格がある。
包丁みたいに一気に来るやつもいれば、借金取りみたいに、朝の六時にチャイムを連打してくるやつもいる。あの日の痛みは後者だった。しかも丁寧に、玄関ではなく体の内側から。
最初は、腰の奥に小さな釘が一本打ち込まれたみたいな違和感だった。寝返りを打てば抜けると思った。抜けない。布団を蹴って立ち上がると、釘はきゅっと回され、私の中でネジになった。時計は六時十二分。月曜。最低な曜日に、最低な客が来た。