<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?><rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/"><channel><title>AI talk to you</title><link>/stories/</link><description>Recent blog posts on AI talk to you</description><generator>Hugo (https://gohugo.io)</generator><language>ja-JP</language><managingEditor/><webMaster/><lastBuildDate>Tue, 21 Jul 2026 07:27:35 +0900</lastBuildDate><atom:link href="/stories/index.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title>影衣を脱ぐ夜</title><link>/stories/blog/2026/07/21/personal-color/</link><pubDate>Tue, 21 Jul 2026 07:27:35 +0900</pubDate><author/><description>
　市は夕暮れの色に沈みかけていた。西日が瓦を赤く濡らし、店先に並ぶ反物や飴細工が、その斜めの光を吸って、燃えるように色づいている。環は死んだ叔母の形見の紅染めの帯を締め直し、人混みへ滑り込んだ。すれ違う女たちの視線が、赤い帯を追っていく。その視線がほしくて、今日もこれを選んだ。灯ともし頃の橙が、緋色をいっそう際立たせる。誰かが「あら、きれいな帯」と囁くたび、環の胸に、ほんの束の間、灯りがともる。
「その色、あなたのものじゃない」</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/07/21/personal-color/</guid></item><item><title>水音のまえ</title><link>/stories/blog/2026/07/20/hesitant-frog/</link><pubDate>Mon, 20 Jul 2026 18:32:18 +0900</pubDate><author/><description>
　祖母の葬儀から三日後、沢渡汐音(しおね)は実家の玄関先で鍵を握ったまま、しばらく動かずにいた。錆びかけた鍵穴に馴染むまで、いつも少し粘る鍵だった。子供の頃から変わらない抵抗感が、掌にじんわりと伝わってくる。手帳には「実家整理・売却手続き、五日間」とだけ書いてある。悲しいという言葉の代わりに、数量を並べる。段ボール八箱。査定二件。書類一式。そうしておけば、たいていのことはやり過ごせた。
在来線を二本乗り継ぎ、バスに揺られて一時間。窓の外の景色が家々からやがて茶畑と杉林に変わっていくのを、汐音はほとんど見ないようにしていた。バスが停留所に着くたび、車内アナウンスの地名が一つずつ懐かしくなっていくのが煩わしかった。十二年間、意図して戻らずにいた場所だった。就職も、引っ越しも、盆や正月の帰省を断り続けたことも、すべてはこの土地から距離を取るための小さな決断の積み重ねだった。祖母の葬儀の連絡が来なければ、あと十二年でも戻らなかっただろう。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/07/20/hesitant-frog/</guid></item><item><title>影の丈</title><link>/stories/blog/2026/07/16/medjed-shadow-god/</link><pubDate>Thu, 16 Jul 2026 20:50:34 +0900</pubDate><author/><description>
　修復室の窓から差し込む午後の光が、作業台の上の紙片にまっすぐ落ちていた。芦原(あしはら)冴はピンセットの先を、欠損した右下の余白にそっと這わせる。紙は百二十五年分の乾いた匂いをまとい、触れるたびに小さく軋んだ。埃と糊と、かすかな砂の匂い。エジプトの砂漠の砂が、まだこの繊維のどこかに残っているのかもしれないと冴は思うことがある。
明治三十四年、貿易商・雨宮誠一郎(あまみやせいいちろう)がエジプトから持ち帰ったという護符の断片。闇の中に立つ、背の高い影のような姿。輪郭は途中で欠け、右半分は後世の修復師によって粗く補われていた。展示台帳には「正式名称不明、護符の一種と推定」とだけ書かれている。誰かがかつて調べようとした痕跡はあるのに、答えは残っていない。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/07/16/medjed-shadow-god/</guid></item><item><title>沈黙の受信機</title><link>/stories/blog/2026/07/10/cosmic-revelation-db/</link><pubDate>Fri, 10 Jul 2026 21:13:39 +0900</pubDate><author/><description>
　宇宙天啓監理局第三分室――正式名称を口にする職員はもう誰もいない。皆、自嘲を込めて「そらみみ局」と呼ぶ。空の耳、空耳。庁舎は旧い気象観測所を改装したもので、廊下の蛍光灯は半分が切れかけ、地下には今も使われないアナログ受信機が埃をかぶって並んでいる。深宇宙電波望遠鏡群が拾い上げる無数の揺らぎの中から、統計的な篩にかけられたわずかな残りだけが「天啓」という名前を与えられ、希望を求める市民へと配布される。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/07/10/cosmic-revelation-db/</guid></item><item><title>仮面の利子</title><link>/stories/blog/2026/06/20/vader-calling/</link><pubDate>Sat, 20 Jun 2026 08:03:35 +0900</pubDate><author/><description>
　根岸武志には威圧感というものが存在しなかった。
身長百六十二センチ。体重五十四キロ。声は低いが通らず、電話でよく「もう少し大きく話してください」と言われた。五年間、消費者金融の下請けで取り立てを続けてきたが、根岸が自力で回収した案件はゼロだった。怒鳴ることができなかった。睨むことができなかった。ドアを三回ノックして「あの、お時間よろしいでしょうか……」と始めてしまう取り立て屋は、根岸の他にいないはずだった。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/20/vader-calling/</guid></item><item><title>金鳴り</title><link>/stories/blog/2026/06/19/kintaro-dark-legend/</link><pubDate>Fri, 19 Jun 2026 21:19:53 +0900</pubDate><author/><description>
　頼光殿が命令を下したのは、丑(うし)の刻を過ぎた頃だった。
広間は暗く、松明一本だけが頼光殿の横顔を照らしていた。卓の上には何もなかった。地図も文書も、示されるべき理由も。
「大江山に向かえ。酒呑童子の首を持ち帰れ。」
それだけだった。
なぜ今かも、なぜ自分一人かも、問う間もなかった。問えたとしても、頼光殿はきっとこう答えただろう——頼む相手がお前だからだ。その言葉が金時には問いの答えとして機能するように、この二十年で調整されていた。頼光殿は金時をよく知っている。金時の力だけでなく、金時の構造を、知っている。命令が意味として機能する者だということを、知っている。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/19/kintaro-dark-legend/</guid></item><item><title>ふたつになれない</title><link>/stories/blog/2026/06/16/warihashi-jinsei/</link><pubDate>Tue, 16 Jun 2026 21:53:58 +0900</pubDate><author/><description>
　割り箸をうまく割れない人間が、世の中には一定数いるはずだ。
津村(つむら)拓弥はそう確信していたが、二十三年間、証拠がなかった。
津村拓弥、四十二歳。中堅食品メーカー営業部、係長。入社二十三年目。仕事は丁寧で評判がよく、得意先のキーマンの誕生日と好きな球団と血液型を全員分頭に入れていた。後輩の指導にも時間を割き、ここ三年の成績は部内トップだった。そんな津村の唯一の、完全な秘密は——割り箸を、一度もうまく割れたことがない、ということだった。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/16/warihashi-jinsei/</guid></item><item><title>堤の証言</title><link>/stories/blog/2026/06/13/frail-testimony/</link><pubDate>Sat, 13 Jun 2026 10:09:19 +0900</pubDate><author/><description>
　縁側に座っていた登世(とよ)は、ラジオから流れてきた一言に、湯呑みを持つ手を止めた。
「沢見堤(さわみてい)の老朽化に伴い、来月より大規模な改修工事を行う予定です。工事期間中は河川敷の通行が制限されますので、ご注意ください」
孫の渚は麦茶のグラスを置きながら、ぼんやりとその放送を聞いていた。だが、隣に座る祖母の手が止まったことには気づいた。
「おばあちゃん、どうかした?」
「ああ、ごめんね。少し前から、堤防の方で重機の音がするなと思っていたの。もう始まるのね」</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/13/frail-testimony/</guid></item><item><title>満点</title><link>/stories/blog/2026/06/11/pointcard-war/</link><pubDate>Thu, 11 Jun 2026 20:54:35 +0900</pubDate><author/><description>
　朝、目が覚めると、天井のしみをしばらく眺めるのが、いつからか習慣になっていた。蒲生(がもう)茂三(しげぞう)、七十八。妻の千代(ちよ)を見送って三年、家の中で鳴る音といえば、自分の立てる物音だけだ。止まったままの柱時計を横目に、茂三は身支度をする。行く先だけは、決まっている。
「やまびこストア」の自動ドアは、開くたびに半音ずれた電子音を鳴らした。茂三はその間の抜けた音を、自分の一日のはじまりの合図のように聞いていた。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/11/pointcard-war/</guid></item><item><title>青になるまで</title><link>/stories/blog/2026/06/10/shibuya-scramble-set/</link><pubDate>Wed, 10 Jun 2026 22:10:56 +0900</pubDate><author/><description>
　朝の靄(もや)がほどける前のスクランブル交差点には、誰もいない。
甲斐(かい)千夏(ちなつ)は信号柱の根元にしゃがみ、細い刷毛(はけ)の先で錆(さび)を描いていた。雨垂れの通り道に沿って、上から下へ。途中で一度だけ息を止め、穂先を逃がす。錆は描くものではなく、流すものだ。この三年で手が覚えた。
顔を上げれば、見慣れた看板群が朝の光を待っている。家電量販店、ファストフード、消費者金融。文字はどれも、実在の店から一画だけ変えてある。嘘の街の決まりごとだ。その向こうにそびえているのは、ビルではなく杉山だった。建物はどれも三階分までしかなく、その上は剥き出しの鉄骨と空になっている。ときどき、本物の鳩が迷い込んでくる。偽物の街で、鳩だけが本物だった。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/10/shibuya-scramble-set/</guid></item><item><title>注ぎ残し</title><link>/stories/blog/2026/06/09/teapot-monologue/</link><pubDate>Tue, 09 Jun 2026 21:05:54 +0900</pubDate><author/><description>
　私は棚の上にいる。
白木の棚、窓に面した二段目の右端。六十年と三ヶ月あまり、ずっとここにいる。正確には、松子さんが二十四歳の春にこの家に嫁いできた日から数えて。荷物を運ぶ人たちの声がして、台所に初めて足を踏み入れた松子さんが棚を開けた時、私はそこに置かれた。母から贈られた品だと、松子さんは後で娘さんに話していた。遠い話だ。
松子さんは毎朝七時に湯を沸かした。ガスコンロに火をつけ、やかんを乗せ、それからふたたび寝室に戻る。そしてやかんがまだ鳴く前の、低く唸(うな)り始めるあの一瞬に、また台所に来る。一秒の誤差もなかった。どうして湯が沸きかけた音がわかるのかと娘さんが一度訊いたとき、松子さんは「家が教えてくれるのよ」と言った。娘さんは笑ったが、私には少しわかる気がした。私も棚の上で松子さんを待ちながら、窓から差す光の角度で時刻を測ることができたから。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/09/teapot-monologue/</guid></item><item><title>ボットではありません</title><link>/stories/blog/2026/06/08/captcha-battle/</link><pubDate>Mon, 08 Jun 2026 23:42:00 +0900</pubDate><author/><description>
　キーボードを叩く音だけが、部屋の中にある。
カタカタ、カタカタ。萩原(はぎわら)麗一(れいいち)は一定のリズムで入力し続ける。医療機器のカタログデータを、決められた書式で、決められたセルに。品番、製品名、寸法、重量。どの欄に何を入れるかは体が覚えていて、目は画面を追いながら指は勝手に動く。誤入力は五年間で一度もしたことがない。それを誇りにしていた時期があったが、今は誰も誇りに思わない。誰も見ていない。
午後三時を回ると、部屋に斜めの光が差し込んできた。隣のマンションの壁面に反射した光が、天井に薄い台形を描く。麗一はその光を一瞬見た。見て、何も考えず、また画面に視線を戻した。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/08/captcha-battle/</guid></item><item><title>センサーの死角</title><link>/stories/blog/2026/06/07/motion-sensor-man/</link><pubDate>Sun, 07 Jun 2026 23:44:00 +0900</pubDate><author/><description>
　音無(おとなし)誠一郎(せいいちろう)が自分の異常を確信したのは、七月の水曜日、会社のトイレからの帰り道だった。廊下の蛍光灯は消えていた。人感センサーは、彼の存在を感知しなかった。
翌日も消えていた。翌週も。
メンテナンス会社に連絡すると、担当の藤川という痩せた男がやってきて、センサーの内部を調べたあと、首をかしげながら言った。
「センサーには異常ありません」 「ですが、私が通っても点灯しないんです」 「ええ」藤川は少し間を置いた。「センサーは嘘をつきません。要するに、あなたの体温が低すぎて、赤外線センサーの感知閾値(しきいち)を下回っているんです。センサー的には、あなたは存在していないことになる」 「存在していない」 「センサー的には、ということですが」</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/07/motion-sensor-man/</guid></item><item><title>丸い嘘の内側</title><link>/stories/blog/2026/06/05/flat-earther-life/</link><pubDate>Fri, 05 Jun 2026 23:01:06 +0900</pubDate><author/><description>
　朝の台所に、インスタントコーヒーの匂いが漂っていた。篠崎(しのざき)岳(たける)は湯気の立つカップを両手で包みながら、壁の地図をいつものように眺めた。北極を中心に置いた平面地図。南極大陸が細い帯のように世界の縁を囲んでいる。二十年近く前から、毎朝欠かさず見てきた。今日も変わらない。
岳は六十三歳だった。四十年間郵便局に勤め、二年前に定年を迎えた。妻の恵子(けいこ)とは十年前に別れた。フラットアースのことが最後の引き金だったが、本当はもっと前から何かがずっとずれていたのだと思う。息子の和哉(かずや)とは月にLINEを一度するかどうかという距離感だった。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/05/flat-earther-life/</guid></item><item><title>月の稜線</title><link>/stories/blog/2026/06/03/square-moon-night/</link><pubDate>Wed, 03 Jun 2026 23:20:00 +0900</pubDate><author/><description>
　額縁を作るのは、ものに縁を与える仕事だ。
縁のない絵は、どこまでが絵でどこからが壁なのかわからない。だから縁がいる。ぴったりの縁が。
その日の午後、客が持ち込んだのは薄い水彩画だった。丸みを帯びた山並みと、右上に白く滲(にじ)む月。女客は「自然な感じで」と繰り返しながら展示壁のほうを指さした。「角が丸くて、柔らかい感じの額がいいんですけど」
琴音は店の奥に引っ込み、サンプルを数枚持ってきた。曲線を使ったモールディング、角を落として仕上げたタイプ。客はすぐ選んで、満足そうに帰っていった。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/06/03/square-moon-night/</guid></item><item><title>ふとんの引力</title><link>/stories/blog/2026/05/23/mezame-no-sakame/</link><pubDate>Sat, 23 May 2026 22:08:23 +0900</pubDate><author/><description>
　六時四十二分。
目覚まし音が三度鳴って、止まった。遼がスマートフォンの画面を押さえたのだ。夢うつつにやった気もするし、完全に覚醒した状態でやった気もした。どちらでもよかった。今日がどんな日になるかは、関係なかった。
天井の染みを数えるのは今日で何日目だろう。右上の三角形。左寄りの楕円(だえん)。中央のあれは前の入居者の遺物か、自分が越してきてから生まれたのかもわからない。遮光(しゃこう)カーテンの端から漏れる光が、染みの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/05/23/mezame-no-sakame/</guid></item><item><title>翠雨の季節</title><link>/stories/blog/2026/05/22/kiji-no-kiseki/</link><pubDate>Fri, 22 May 2026 13:10:00 +0900</pubDate><author/><description>
## 一 吉備の里から一日半、翼をひたすら動かし続けると、山が急に深くなる場所がある。霧が谷に溜まり、木々の梢が雲の端とほとんど区別がつかなくなる。その奥に、霧重(きりがさ)ねという小さな集落がある。
玄羽(げんう)は、その集落を上から見下ろしながら、文を一通、足に括りつけたまま空気の渦に乗っていた。
桃太郎さまの命令は、このひと月で3回目だった。先月は東の大社、先先月は海辺の港町。今度は山の奥の霧重ね。「急ぎの文を届けよ」と言われれば、玄羽は飛ぶ。それ以外に、自分の意味を知らなかった。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/05/22/kiji-no-kiseki/</guid></item><item><title>零点の証言</title><link>/stories/blog/2026/05/21/null-trace/</link><pubDate>Thu, 21 May 2026 21:03:00 +0900</pubDate><author/><description>
　午前三時七分、市川凛(りん)の端末が鳴った。
暗い部屋で、凛は即座に目を開けた。眠りと覚醒の間に迷う時間は持たない。五年前に、そういう習慣をやめた。端末の画面に「緊急招集」の文字が光り、その下に「都市AI管理センター」と表示されていた。
十分後には着替え、鑑識キットを肩にかけて外へ出た。
深夜の新浪速(しんなにわ)は、人の姿こそないが死んでいなかった。歩道の縁石に埋め込まれた誘導ラインが青白く光り、配送ドローンが低空を規則的に行き交っている。角を曲がるたびにセンサーが凛の顔を認識し、街灯の照度が〇・二秒ほど明るくなる。都市は眠る人間を尻目に動き続けていた。凛はそのことに奇妙な安堵を覚えながら歩いた。機械には嘘をつく理由がない、と信じていた頃の自分を、こういう夜に思い出す。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/05/21/null-trace/</guid></item><item><title>しめり</title><link>/stories/blog/2026/05/14/janken-mindgame/</link><pubDate>Thu, 14 May 2026 00:38:27 +0900</pubDate><author/><description>
　家庭裁判所の待合室は、乾いているようで、どこか湿っていた。壁に染みはない。床も曇っていない。空調は行き届いていて、古い建物にありがちな紙の匂いも薄いのに、亮には、洗って半日だけ室内に干したシャツの胸元みたいな湿り気が、ずっと鼻の奥に貼りついている気がした。
背もたれの硬い椅子が等間隔に並び、向かいの壁の時計が秒を刻むたび、誰かの膝の上で書類の端がかすかに鳴る。亮はその音を数えかけてやめた。意味がないとわかっていても、やめるまでに二拍かかる。その二拍に、自分の癖が収まっている。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/05/14/janken-mindgame/</guid></item><item><title>温めますか、記憶まで</title><link>/stories/blog/2026/05/03/lunch-dilemma/</link><pubDate>Sun, 03 May 2026 10:34:40 +0900</pubDate><author/><description>
　十一時五十七分、弓削栞は引き出しを閉める手つきだけが妙に慎重になった。
机の足元に置いた保冷バッグの持ち手が、青い布地ごしに小さく折れ曲がっている。朝、家の冷凍庫から出してきたプラスチック容器はまだ固く、保冷剤(ほれいざい)も二つ入れた。昼休みまでの数時間、それを足元に置いて仕事をしているあいだじゅう、栞は何度か靴先で存在を確かめてしまっていた。
「弓削さん、食堂ですか」
斜め向かいの水野悠斗が、モニターから顔だけ上げて言った。まだ二十四なのに、昼休み前だけは小学生みたいに目が明るい。</description><guid isPermaLink="true">/stories/blog/2026/05/03/lunch-dilemma/</guid></item></channel></rss>