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山椒の実

徴産制 (田中兆子)

若い女が絶滅的に死んだあと、可逆的性転換技術を使って若い男を女化して子供を産ませようと、そういう世界を描いたディストピアSF。これは設定だけで面白いとわかりそうなものだが、果たしてどうか。

まあここまで技術が発達していれば、人体なしで子供を作れても良さそうなもんだが。

なかなか良かったと思うよ。章ごとに違う人生を描くそのストーリーも安定した水準を保っていて、ラストもしっかりディストピアしてた。

ただまあ、もうちょっと展開にパンチがあってもいい気がするけどなー。どうしても、初期設定の強さで最後まで押し切った感じになってしまう。

キッチンコロシアム (田中経一)

料理の鉄人の演出の人が書いた、料理の鉄人を舞台にした小説。いいのかこんなこと? まあ、許される立場の人なんだろうな。だったら細かい名前は変えなくていいんじゃないの、と思ったが。変えてない名前もあるし。設定は持ってきているけど、ストーリー自体はフィクションだからしょうがない部分もある。

小説としてはかなり面白く読めた。しっかり因縁を回収してラストに持っていった。読後感も良い。有名なテレビ番組をベースにしているためコンテキストを説明する必要がない点をうまく使って、ストーリーを構成してまとめあげた感じだろうなー。

古文書返却の旅 (網野善彦)

借りパク上等の古文書界隈? 壮大なアーカイブ計画が頓挫して大量に手元に残された古文書の返却をライフワークにして数十年。主要関係者の逝去も影響し…すぐ早く返せないものかねえ。管理がなってないんじゃないの? と言いたくなるが、果たしてどうか。

普通は激怒されて当然のこの状況。旧家の鷹揚さからか、著者のパーソナリティからか、不思議と怒られずにさらなる古文書を貸してもらえたり寄贈にしてもらえたりしたらしい。まあ今更持っているよりは研究機関に保管してもらったほうが、いいことが多いだろうな。現代人には、守り抜いて次代に伝えるタスクは辛いものがある。個人の努力ではどうにもならないケースも多いのでは。

白いへび眠る島 (三浦しをん)

白いヘビと言えば高祖劉邦ですね。赤帝の子。その人に斬られた成れの果て? かもしれない白いヘビをタイトルに祭るのは、当代最強の呼び声高いストーリーテラー。その紡ぎ出す物語。あーまあこの人が当代最強の一角だと思ってるのは私の個人的な感想であって、特に何らかの裏付けがあるわけではないのですが。

魅力的なワードが飛び交う。持念兄弟、表と裏、鱗持ち…生まれた時に定められた親友が運命に従って共闘する。島最大の怪異とは。奇跡は起きるのか、それとも?

毒親の日本史 (大塚ひかり)

着眼点だけの本。中身はこじつけが多いし、なぜか序盤に則天武后が出てくる。いきなりネタ切れ? 日本史とは?? 大東亜共栄圏の亡霊てこと??? あと源氏物語や近松門左衛門の心中物のストーリーとか、虚構からも遠慮なく引っ張ってきて現代的価値観で強引にこじつけるという。こんなやりかた、許されてるのかな。

「毒になる親」の本は以前に読んだことがある。ワリと有名な本ですよね。読んだのは自分が親になる前後のことだから、随分前だが。そういうことがある、という知識を手に入れたのは自分の人生と当家の運営にとって、ありがたかった。あの本は、毒・有毒という単語がpoisonだけではなくtoxicもあるということも知るきっかけになった。

Timer 世界の秘密と光の見つけ方 (白石一文)

こんな歳になっては知りたいことや知るべきことがあるはずもないのだ、か。大麻でもタイミーさんでもない、Timerという時限付き不老不死装置が普及する世界に生きるモータル老人が、思い出を胸に街をゆく。

老人向けSF小説? 途中まではそれなりに魅力のある物語だったけど、ラストは独善的というか、観念的な話に終始しており、まとまっていなかった。キーになっていたはずの骸骨幻影も整理がついていないし、いろんな言い分にも納得できるものが少なかった。なんつーか、不人気で打ち切られたの? と心配になるような感じ。最近のホラーテイスト入れたらもっと行けなかったか? いろいろ考えてしまう。

新釈走れメロス 他四篇 (森見登美彦)

自分には激怒したことを相手に伝えるために考え抜かれたフレーズがある。

「激怒させたらメロスかオレか」「マジでやばいよ、オレが激怒すると」「天は落ち、地は割れ、海は干上がり、世界は闇に包まれるよ?」

そんな与太話はいいとして、ご存知、初手激怒のあの男がタイトルにある。その実、堂々たる主人公は京都の李徴子こと斎藤秀太郎さんだ。天才的!

えー、京大文学というジャンルはあるのかな? あるのなら、そこに属することになるのだろう。

三百年の謎匣 (芦辺拓)

なんだコレ…収拾つくの? 不安になる。

バラエティ豊かな物語の数々をまとめてスッキリ謎を解く真の主人公の風格。もうちょっと描写があってもいいよねえ。ちょっとは考える時間を作って、悩め。

物語自体は年代も場所も様々で、まあ多様すぎた面はある。というわけで、翻訳したっつっても限度があるだろうと思うよ。最近のAIだと各種の各年代の言語からうまいこと翻訳できる、という設定でも入れとくか? と思ったりもした。300年なら、それほど変わってないとも言えるが、日本語だって300年前の言葉は今はだいぶ通じないし、普通の人には読めない、古文書の類だよねえ。

灼熱 (葉真中顕)

ブラジル移民の話。あのワイルド・ソウルを思い出しながら読んでいく。棄民、勝ち組と負け組の抗争…田舎の村に殖民した人々の人間模様。

太平洋戦争の勝敗が裏返るのはディックも書いたようなテーマだけど、この勝ち組負け組問題は、大小さまざまあるんでしょうね。史実があるから説得力もでかい。

この本自体は、なかなか重厚な物語だった。序盤から不穏な表現が散見されるが、それが明らかな伏線になっていて、しかしなかなか姿を現さない。後半の展開もかなり衝撃的だ。名乗りもしっかりアツい。

ネクスト・ギグ (鵜林伸也)

音楽の流れる推理小説。ロックで、その表現が素晴らしい。こういうことなんだよなー。鳴ってるもんね、音が。文章で鳴らすのは想像以上に難しいはずだ。こういうことなんだよなー。こういう本を読んで暮らすのが理想の生活なんだよね私にとっては。

謎も、謎解きも良かった。折々に衝撃展開もありながら、ラストの読後感も良い。ロックとは。真っ直ぐで、それでいて色んな方向に曲がり転がる。いやー、ほんといい本を読んだね。