カンボジアPKOで派遣された文民警察官がポル・ポト派の襲撃により1人死亡した事件。長らく闇に葬られたかのごとく総括もされずにいたが、NHKスペシャルが丹念な取材を元に振り返る。

実に、すごい話だった。生々しい。当時は自衛隊の派遣で揉めていたわけだが、その政治的な思惑のせいで非現実的なルールの下で装備万全(…だったのかは不明)の軍人は最も安全な場所に固まって働き、丸腰の文民が少人数に分散され、乏しい物資と共に最も危険な場所で働く。そして宿舎の爆破を含む幾度にも渡る攻撃を受けつつ任務をこなし、、、そして起こった悲劇。襲撃の様子も現実的に迫力があって、当時のポル・ポト派幹部とのやり取りもすごい。

通常は現実が先にあって、それに適合した中で最適なルールを探っていくものなんだけど、日本の場合は現実とは無関係にルールができて、それが現実に合わないと分かっても現実の方を無視して突き進んでしまうという…まあ現在にもつながる話だよね。この事件でも、訓練や装備が足りなかったというのが大きいと思ったが、戦地ではないという、現実に反する前提で作られたルールで押し通してしまっている。あとそもそもルールが想定してたのとやる業務が違ってたっていうね。まあこれは日本に限った話でもなくて、警護してくれていたオランダ海兵隊も規定で銃をすぐに打てない状態で持っていなければならなくて、即座に反撃ができない体制、しかも広大な範囲&信じがたい少人数で任務をこなさなければならない日常だったようだ。

日本に関しては軍事訓練をしてなかった話と、防弾チョッキの話は特にひどいと思った。日本からどうにかかき集めて持っていった防弾チョッキは上半身前面しか防御できず、しかも現地で誰もが手にしている自動小銃の弾を防ぐ強度はないという…武装解除をせずに交渉と選挙を進めているという現実を無視ね。結局地雷対策として車に積んで足元に敷いてたとか。そして慌ててアメリカ製を仕入れようとしたら武器輸出の原則がどうので拒否されたり(まあ厳密には防具だけど武器には違いない。違いないんだけどさあ)。結局裏ルートで手に入れるんだけど、それも時間がかかって問題の襲撃には間に合わなかった。あとはこっそり現地で自動小銃を仕入れてお守りにしていた(もちろん日本で決めたルールからは大いに逸脱する)話とかね。

指揮系統もUNTACと日本政府の板挟みになったり、そのどちらもがダメっていう。まあこんな状況でよく選挙できたよなー。その後ポル・ポト派が一掃されてカンボジアは平和と発展の道を進むようになったわけで、無理してでも選挙したってのは、やり方は強引で犠牲も少なくなかったかもしれないが、UNTACとしてはいい仕事したんだろうなと思える。争いをやめる、ってのは大事なことなんですよ。