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Category: Fantasy

動くものは、なぜ追うか

 崖の縁で腹這い(はらばい)になり、風を読んでいた。

 頬に、腹に、伸ばした四肢の隅々に、冷えた空気が谷底から吹き上がってくる。崖に沿って渦を巻きながら立ち上るその流れを、ただ読み取っているだけではなかった。触れるたびに、体の芯へ何かが注ぎ込まれていく。眠っていた筋の一本一本が、その分だけ目を覚ましていく感覚があった。測るための風ではなかった。飲み干すものだった。

 日に炙られた岩肌と、まだ夜の冷たさを残した岩肌――同じ灰色に見えても、その境目は熱のむらとしてはっきりと感じ取れる。境目に沿って風はいつも強く渦を巻く。何百回と繰り返し確かめてきた、体に染みついた地形の癖だった。

動くものは、なぜ逃げるか

# 竜脈の谷

 崖の縁で腹這いになり、リーゼ・カルディナは風を読んでいた。

 竜脈の谷は、朝のこの時間だけ静かになる。切り立った岩壁が朝日を遮り、谷底には青白い影がまだ長く伸びている。夜の間に冷えた空気が、日の出とともに温められて上へ上へと押し出されていくのが、頬で分かるほどはっきりと感じ取れる。岩肌に張り付いた苔の匂いと、朝露に湿った石の冷たさが、頬杖(ほおづえ)をつく掌に染みる。誰もいない、誰も来ない場所だった。禁足地に踏み入る酔狂な人間は、彼女以外にいない。

鱗の灯

 霧塩村の朝は、いつからか鳥の声より咳の音で始まるようになっていた。井戸の石縁には灰みたいな粉がうっすら積もり、家畜小屋へ行けば、横たわる体の数を数える前に鼻が敗北した。藍次は山羊の口元へ布を当て、黒い泡が板に広がるのを見ないように手を速める。見たところで、今朝の餌は増えない。

「また一頭」

 都和が言った。声は平らだったが、足先は藁を踏み続けている。

「次は人だな」

 藍次が答えると、都和は怒らなかった。ただ、唇の色が悪い弟のことを思い出したのか、喉の奥で何かを飲んだ。

流れの理

 朝まだき、川霧が田の畦(あぜ)を低く流れ、村はいつもより半刻早く目を覚ました。山の社から牛車(ぎっしゃ)が下りてくると聞いたからだ。先頭を歩く長老の樫兵衛(かしべえ)のうしろで、荷台のむしろがやけに丸く盛り上がっていた。

 触るな。まず寄合(よりあい)だ。

 樫兵衛の声は低かったが、村の者はみな足を止めた。むしろがほどかれると、そこには桃があった。桃と呼ぶには大きすぎる、石臼ふたつ分の丸い実だった。薄紅(うすべに)の皮には、川面のような筋がゆらゆらと走っている。