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山椒の実

百年の孤独を代わりに読む (友田とん)

フザけた話だよね、代わりに読むってどういうことだよ? まあ元ネタの本は読んだことがなくて、どっちを先に読んだ方がいいかとかあるんだろうな…と思いながらこの本を先に読むことにした。

この本の感想を書きたいところだけど、代わりになってあげたい、と思うことって実際はほとんどないと思うんです。だって経験っていうのは個人の中に宿るものであって、他人が肩代わりしたら意味がないっていうか。個人を形作るべき積み重ね、積み上げを奪うのは良い行いではないんだよね。注射を嫌がるからって代わりにインフルの予防接種受けますか、っていうね。それやって対象者の免疫上がるわけないよね。目的を達成できない。

現代の場合はAIに読ませて要約と質疑応答による内容理解、というルートがあるのがいやらしいところだ。ただこの本が世に出たのは2018年のこと。うーむ。

そういうわけで、結局最後まで「代わりに読む」の動機や構造が理解できなかった。問題はこのわけのわからなさなんだ。そのわけのわからなさを楽しむ本ということなんだろう。しかし?

それでこの本を読んで元ネタの本のことがよく分かったか、と問われると正直マコンド村の開拓者一族の奇妙な家族史だってことまでは分かった。スピ系だったり異常な長命だったり革命の戦士だったり…100年ってタイトルをつけるからには100年史なんだろうけど、どのくらいの時期に何があったかみたいな話はよく分からなかった。男女関係もなんだかメチャクチャで良くわからない。何して暮らしてたのこの一族は…