受験勉強でさ、長文読解の問題が出るじゃないですか。長文が出てきて、ところどころ傍線とかが引いてあって、設問でその傍線部分に関する問題が出て、答える。これを解く時、どうしても長文の本文を読みたくなるところ、必ず設問から読んでいかなければならないという鉄則があるんですよね。これ、単なる受験のテクニックだと思い、無駄知識として20年以上も放ってあったんです。ですけど最近、このテクニックは非常に実践的なものであったのだ…ということに思い至った。
実際に私がエンジニアとしての生活を送る中で、文章を楽しむケースというのは実は趣味の小説を読む時くらいしかない。どんな長く詳しいドキュメントであっても、最初から通して読むなんてケースは皆無なんですよね。他人のドキュメントをレビューするときに通しで読まされて絶大な苦痛を感じたりもするんだけど、それはともかく、文章を読むにあたって「知りたいこと」が先にあり、その後で色々検索するなりして文書を探す。該当する文書はたくさん見つかり、全部読む時間はない、しかし調べたい、というケースが多いんですよね。
このとき、本文よりも先に設問が存在するというのはしっくりくる。知りたいことが先にあり、それに応じて探してきた文書は後から来る。ああ、あの受験のためだけだと思っていたテクニックってのは実は、普遍的で実践的なテクニックだったんだ。
最初からそう説明してくれれば、もっと高い意識で勉強してたかもしれないな。自分の学生時代の学業成績に不満があるわけではないが、それでも教えておいて欲しかったと思う。単なるごまかしテクニックではなくて、意味のあることなわけだからさ。