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山椒の実

Category: Words

英米文学のわからない言葉 (金原瑞人)

著名な翻訳家が文化の違いによるわからなさを語る。日本語でどう伝えるか。雑学の宝庫だ。知識量が桁違いなのよ。

読んだけど、結局覚えてる知識がないところなんかも。ペチカとかマントルピースとかワードローブとか。なんだっけ、もう忘れてる…字面で勝手に想像するのとは違うカテゴリのものだったことは覚えているが。

カタカナ語により翻訳が楽になったケース、という話は興味深かった。昔は無理やり日本語や漢字の造語にしていた。これってどういうメカニズムなんだろうね。日本語の語彙が飽和したのか、楽をしてるだけなのか、それとも多くの文化が入って混合したっていうことなのか。

校閲至極 (毎日新聞校閲センター)

新聞の校閲の部署がコラムを連載していた、それを本にした。担当が交代で書いているようで、本にまとめると統一感がないな。

内容は当然、校閲のあれやこれや。言葉の知識とあるあるの経験で殴りつけていく。普段触れることの多い日本語、それも新聞記事の校閲だから親しみがありますね。

この先生きのこるとか、暴力二男の話は出てこない。二とニの話はあったが。

自分もコードを書くときにtypoすることはある。厳密すぎても窮屈だけど、見かけると恥ずかしくなるやつ。使ってる製品やサービスの公開API名がtypoしてたりすると、なんとも言えない気持ちになるよね。たかが仕事とはいえ、真面目にやろうよ俺たち、と。

文にあたる (牟田都子)

校正の人の本。独特な文体で、ペラペラと内容のあることを喋りまくる印象を受ける。本を読みまくっているらしいです。いいなあ、とは思いつつも、興味のない文章を長時間読むのもな。

すごいよね。自分にはきっとできないであろう、特殊技能。校正の時の読み方はかなりストイックなものらしい。なかなか化け物じみた職業に思えるが、どうだろうか。それでも落とす(←見逃すことをこう表現するらしい)ことがある。どんなベテランになっても変わらない。拾う/落とすという表現は校正者の観点ではしっくり来るものなんだろうな。落とし物を探すみたいな感覚かな。