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山椒の実

博士の愛した数式 (小川洋子)

良い小説だった。事故で記憶が定着しなくなった老数学者、家政婦とその息子、そして阪神時代の江夏豊の物語。

時代設定も秀逸で、ラジオだったり、阪神の暗黒時代の幕開けだったり、そういうアクセントというか。チーム名も今とは違うからね。何やかやで、キレイでもあり深刻でもあり、絵画かスローな映画のような話だった。

描写的には、かなりエース級の数学者だったんだろうかな。数学でメシを食うってだけでも偉業だが。

人間は多かれ少なかれ記憶は衰えていく。自分も過去に近親者が晩年、記憶に問題が起きるのを見てきたから、自分にもそういうことが起きるんだろうと思っている。この博士の場合、それでも尊厳を失わずに敬意を与えられていたのは、やはりその知恵の深さと善良な心があってこそか。謎めいた義姉は障害を得る前の全盛期も知っていて、それなりの関係性があったからこその辛さというものがあるんだろうなあ。