私は棚の上にいる。
白木の棚、窓に面した二段目の右端。六十年と三ヶ月あまり、ずっとここにいる。正確には、松子さんが二十四歳の春にこの家に嫁いできた日から数えて。荷物を運ぶ人たちの声がして、台所に初めて足を踏み入れた松子さんが棚を開けた時、私はそこに置かれた。母から贈られた品だと、松子さんは後で娘さんに話していた。遠い話だ。
松子さんは毎朝七時に湯を沸かした。ガスコンロに火をつけ、やかんを乗せ、それからふたたび寝室に戻る。そしてやかんがまだ鳴く前の、低く唸り始めるあの一瞬に、また台所に来る。一秒の誤差もなかった。どうして湯が沸きかけた音がわかるのかと娘さんが一度訊いたとき、松子さんは「家が教えてくれるのよ」と言った。娘さんは笑ったが、私には少しわかる気がした。私も棚の上で松子さんを待ちながら、窓から差す光の角度で時刻を測ることができたから。