まさかね。目標達成に失敗したことを重いと見た監督が続投要請を退けて、川崎を去ることになったそうです。彼らしいと言えばそう。しかしねえ。
ショックは大きいです。特に私は2004年からですから、途中ブランクはありましたが、関塚監督とフロンターレはほぼイコールとも言える存在。
| シーズン | 目標 | 結果 |
|---|---|---|
| 2004 | J1昇格 | 達成(独走でJ2優勝) |
| 2005 | 残留できれば5位以内 | 半分達成(一時は優勝争いに絡むも8位) |
| 2006 | 4位以内 | 達成(2位) |
| 2007 | 初タイトルとACL予選突破 | 半分達成(ACLベスト8、リーグ5位、カップ2位) |
| 2008 | 初タイトルとフェアプレイ賞 | 未達(健康上の理由で辞任、リーグ2位、反則ポイント44(5位)) |
| 2009 | 初タイトルとフェアプレイ賞 | 未達(リーグ2位、カップ2位、反則ポイント75(10位)) |
フェアプレイ賞は今年の目標だったと思ったけど、Wikipediaを見ると2008年の目標だったみたいですね。
2006年に早くも2位になってしまったため、タイトルを目指して3年。内1年は健康上の理由で棒に振ったとして、残りの2年はリーグはいずれも鹿島、カップはいずれも決勝に進むもののガンバとガスに持って行かれた。





