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伝説の物語

こないだ日経の(たしか夕刊の)コラムに載っていた話がおもしろかった。うろ覚えだがここに書くことにしよう。

曰く、> ある日、ハーバード大学(harvard.edu)の学長を質素な身なりの老夫婦が訪ねてきた。息子が在学中に死んでしまったので、いくばくかの寄付をしたいのだ、と。学長は「またプレートかなんかが増えるのか」とうんざりしてこう言った。「それなら大学の建物でも寄付して下さい。たださすがに少し高いですが」そして値段を告げた。老夫婦は驚いた表情で帰っていった。学長にとってこれは日常の出来事だったが、米国の学術界にとっては重要な会見になった。なにをかくそう、この老夫婦こそが鉄道王リーランド・スタンフォードだったのである。スタンフォード氏は大学を建設する費用があまりに安いことを知り、驚いて家に帰ってすぐさま息子の名前の大学を設立した。それがリーランド・スタンフォード・ジュニア大学、いわゆるスタンフォード大学である。

1880年代のある日、質素な身なりの夫妻がハーバード大学を訪れ、チャールズ・エリオット総長に面会を申し入れた。彼は、訪問者を長く待たせたあげく、しぶしぶ面会した。「ハーバードの1年生で病死した息子を記念するために寄付をしたい」という申し出を聞いて、エリオットは「またか」とうんざりした。「そんな要請をいちいち聞いていたら、キャンパスは記念碑だらけになってしまう」

そこで、彼は「寄付していただくなら、建物がよろしいですな。ただし、大学の建物は高価でして」と言って、具体的な数字を述べた。これを聞いた夫妻は、驚愕の表情を受かべて退出した。

この会見は、多忙なエリオットの仕事のほんのひとこまに過ぎなかった。ハーバードの長い歴史では、一瞬でしかない。しかし、この数十分間は米国の大学史を変えたのである。なぜなら、夫妻はハーバードへの寄付をやめてカリフォルニアに戻り、そこに息子の名–リーランド・ジュニア–を冠した大学を作ることにしたからだ。彼らは、大学の建物がそんなに「安く」できると知って、驚いたのである。(以下略)

みたいな感じ。ちなみにこの話はフィクションであるが、ハーバード大学のウェブページに載っている(スタンフォード大には載っていない)らしい。傲慢への戒めとして。実際はジュニアは大学に行く前に死んでいる。

実際のスタンフォード大学(stanford.edu)だが、その正しい設立神話(stanford.edu)が載っていた。日本語だと、スタンフォード大学(geocities.com)の話、とか。

スタンフォード大学の創立者は、リーランド・スタンフォード氏である。彼は金掘りの鉱夫相手の食料品店主から見を起こし、アメリカ横断鉄道の建設を推進した実業家グループのひとりになった。 カリフォルニアの州知事を務め、大学が開校した年には共和党から連邦上院議員に当選している。

この富豪には息子が一人いたが、大学進学を目前にして、16歳で腸チフスのためにこの世を去った。その思い出を残そうとして、彼は1891年に大学を寄贈したのである。したがって、大学の正式名称は、リーランド・スタンフォード・ジュニア大学となっている。

ついでにこの話に関するリンクを載せておこう。

(追記) 2003-09-05 23:35 オリジナルの英文を読むとわかるけど、日経のコラムにはかなり脚色が入っているよね。 (追記) 2003-09-05 26:04

家に帰ったらその夕刊があったので引用を直した。そんなに脚色されてない。コラムを読んだ自分の印象で変わったのだなぁ。