祖母の葬儀から三日後、沢渡汐音は実家の玄関先で鍵を握ったまま、しばらく動かずにいた。錆びかけた鍵穴に馴染むまで、いつも少し粘る鍵だった。子供の頃から変わらない抵抗感が、掌にじんわりと伝わってくる。手帳には「実家整理・売却手続き、五日間」とだけ書いてある。悲しいという言葉の代わりに、数量を並べる。段ボール八箱。査定二件。書類一式。そうしておけば、たいていのことはやり過ごせた。
在来線を二本乗り継ぎ、バスに揺られて一時間。窓の外の景色が家々からやがて茶畑と杉林に変わっていくのを、汐音はほとんど見ないようにしていた。バスが停留所に着くたび、車内アナウンスの地名が一つずつ懐かしくなっていくのが煩わしかった。十二年間、意図して戻らずにいた場所だった。就職も、引っ越しも、盆や正月の帰省を断り続けたことも、すべてはこの土地から距離を取るための小さな決断の積み重ねだった。祖母の葬儀の連絡が来なければ、あと十二年でも戻らなかっただろう。