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山椒の実

Category: Novel

もう探偵はごめん (ウィリアム・アイリッシュ)

短編集。推理というわけでもなく、小噺風のものが多い。

中では、さわやかにオチをつけた、最初の紙幣アレルギーの話が良かったな。

裏のうちの子とペアを組むスピーディーなやつも良かった。イマイチなのも、あるね。現代的な価値観との相違が…

最後のブードゥーのやつは特に問題作だな。現代では発売できない内容だろう。さして面白くなってないし。

私が語りはじめた彼は (三浦しをん)

なんつーか、小説ってスゴい、と思わずにはいられなかった。村川融マジ村川融。誰だよ。核心人物をほとんど描かずにコレだ。とんでもないな。悪魔的だ。どうなってんだ、おい。

おそらく村川融自身は、他人から見た人物とは全然違う中身なんだろうな。鋼のような男も実は小心者、みたいな。そこは描かずに、我々の想像に任せてくれている。

こういう小説を読むと、どんどん次も読みたくなってくるんだよね。困ったもんだ。中毒性がある。この凄まじい技巧で紡ぎ出される文章を身に纏った登場人物、そしてストーリー。あまりのことにこっちの語彙力がなくなっていく。まるでミルクを飲み続ける赤子のように、我々は文章を読み続けるしかないのだ。

パンドラの匣 (太宰治)

病棟の文通物語。結核で隔離かー。元は新聞小説だったのかな。長い在宅が明けて通勤生活が始まったから、電車でこういうものも読んでいる。

いろいろすったもんだがありつつ、まとめた感じ。分量もちょうどいいし、普通に悪くないのではと。終盤の高速展開は小説っぽい。まあ、小説そのものなんだけどね。人の心の動き。

文通相手の友人が聖人でしたな。

ロウフィールド館の惨劇 (ルース・レンデル)

洋物小説。モダンホラーに近いのかな、これは。結論から始まって、狂気が場を支配していく。ゾクゾクするね。なかなか最高だったよ。気づいたら読み終わっていた明け方。翌日仕事ある中年がやることじゃなかったな。

あんだけの闇を抱えた人間と設定しても、とんでもない狂人と組まなければ成し遂げられない蛮行だったか…という感想を持った。シンプルに、暴走した狂人に反応しただけじゃん、と。反応の仕方が怖かったわけだけれど、比較で言えば、狂人の方が怖いよね。

犬がいた季節 (伊吹有喜)

捨て犬を飼って代々世話をしてきた高校生たちを描いた、連作青春小説。あんまりこういうのは好みじゃないんだよねー、と思いながらも最後まで読んでしまった。読んだ挙句、「たまにはこういうのもいいかも」なんて思ってしまったりして。

自分は男子校で陰キャだったから、あんましこういう青春は送ってこなかったなー。

トリツカレ男 (いしいしんじ)

寓話か? と思いきや、もっと単純なハートウォーミングストーリー? だった。

得体の知れない、どんなことでも極められる顔のない男が主人公で、人語を操る異世界のネズミを相棒に起用。ロリコン教師の婚約者の謎めいた美女…設定書類だけ見れば、ホラーか。力石の亡霊がマンモス西に取り憑いてジョーを苦しめる、みたいなことを思わせる描写も。こえー。

この設定でよくハートウォーミングに仕上げたなー。それが小説家の力量か。

カップルズ (佐藤正午)

小説の達人による、噂がテーマの短編集。いやー外さないね。国宝級だ。

とにかく、いい読書体験だった。小説読むならこういうのを読みたいものだよね。空気までもが描かれている感じがする。不思議な現実感というか。まー虚構なんだろうけどさ。そのこと自体が信じ難い。

おっぱいマンション改修争議 (原田ひ香)

某カプセルタワーみたいなイメージのマンションがあって、その建て替え計画に関する小説。面白かったなー。

特にというなら、女優の話が凄かったな。この、非現実的な現実感というか。しかも意外にもかなり重要な役だった。結末もなかなか淡々と、すごい後味に。小説ってのはこうではなくては。まあ、素直なハッピーエンドでも、素直なバッドエンドでもいいんだけど、余韻という意味では秀逸な展開になった。

ただタイトルで損してる感はあるね。タイトルに堂々と「おっぱい」ってついてたら、人前では読めないよね。文庫にした時に改題したらしいが、正解だろう。

神前酔狂宴 (古谷田奈月)

明治の名将を祀った神社の、会館(結婚式場)スタッフの物語。なかなか良い小説でした。登場人物のキャラクターがそれぞれいい味を出していて、その舞台も魅力的なもので、かなりいい読書体験をさせてくれた。

殺人事件が起きるわけでも宇宙人と戦うわけでもないけど、こういう普通の小説だって、ちゃんと書かれている秀逸なものなら、安心して没頭できるんだよね。自分にとっては久々だな、こういう感覚は。

猛スピードで母は (長嶋 有)

小説。シンプルに、小説らしい小説だった。小難しいことはどうでも良くて、後味の残る純粋な小説を読みたかったらオススメの一冊となるだろう。表題作はもちろんのこと、サイドカーの犬の話もなかなかのものだ。

例えばこのクオリティの小説を無限に書けるAIでも出てきて、我々がそれを無限に読む人生を送れるようになれば、文明は一つ完成するのかもしれないね。そんな妄想も捗ってしまう。…SFかよ。