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山椒の実

Category: Classic

象は忘れない (アガサ・クリスティ)

ポアロがインタビューで過去の事件をほじくり返して真相を解き明かす話。

途方もないおしゃべりが続いて、多くは無関係なんだけど事実もあって、徐々に真相が分かっていく。ちゃんと読者にも分かっていく構成はうまいなー。あとおばちゃん同士の会話のリアリティも。各人のおぼろな記憶が、重ねていくことでハッキリしてくる。解像度が上がっていくというか。

しかしこの真相も悲しくはある。正解を知っている奴がいる違和感はあった。いちゃいけない法はないんだが。ただ、その人物にたどり着くのも相手から来たってだけだからなー。結局偶然の必然というか。これならポアロじゃなくても、っていう。あのカップルが正攻法で迫ったら、ゲロってくれたんじゃないの?

チャイナ蜜柑の秘密 (エラリー・クイーン)

もはや古典のミステリ。作者は最も気に入っていたらしい、ということで読んでみた。普通に面白かった。外さないよね。

なるほどー。途中で読者への挑戦フェーズが用意されていたが、すっかり分からなかったぜ。詳細部分は現代人の常識で解くのは無理があるのかも。大枠は注意深く読めば対応できたのだろう。私はあんまりそういう読み方は好まないんだよなー。別にそこまで先読みする必要はないんだろうよという気もするんだ。まあ、分かっちゃった場合は逆に鬼の首を取ったかのように「俺ここで余裕で分かったしー!」って言うんだけどw

私の財産告白 (本田静六)

明治・大正の時期に活躍した農林系の大人物が自分の財産形成を振り返って一般論に落とし込んだ本。割と名著ですね。

基本はしっかりしている。「給料の一部を使わずに生活を続けていれば金は貯まる」。ここまでは誰でも実現できる話。そのはず。その上で、貯まったら分散投資していく。そこでリスクとリターンの見合いを推し量る力量は必要になる。

仕事を趣味にしろ、みたいな話が根底にある。決して仕事をしないで遊んで暮らそうとか、仕事が大事でカネはどうでもいい、ではない。楽しめる仕事をしながらカネも貯めようよと。で、生涯勉強ね。まあそんだけではないんだけど、知的好奇心の探求、物質的な満足。それは理想の人生だ。最後はスッパリと匿名寄付してしまうのもカッコいい。

TN君の伝記 (なだいなだ)

明治の自由民権運動の思想家の人の伝記。社会の教科書に出てくるような名前の人ではあるが、名前じゃなくて事績に注目して欲しいため、匿名になっている。ただし図書館によるタグづけは無慈悲だった。隠したいわけではなくて、邪魔になるから書かないことにした、という話なので、ネタバレと言うほどのことではないか。

文章は子供向けだが読み応えはある。濃い人生を送ってたんだなあ。

なかなかに興味深いものがあった。当時の空気みたいなのが感じられる。一筋縄では行かない、日本の民主主義の成り立ち。歴史の裏側みたいなね。表の歴史はなんとなく学習してきたんだけど、こういう人物の歴史の方が面白いもので。史記の列伝みたいな。

小僧の神様 他十篇 (志賀直哉)

古典的文学作品を読んでみようと。この本は短編集ということもあって読みやすいし、名の知れた代表作が複数入っているので、古典的名作の入り口にオススメかな。現代人が読んでも文章がキレイで内容も深みがある。

異常なくらいの文章力の高さと、家族内の関係からの影響の強さ。あるいはスケールの小ささとのアンバランス? が凄いと思ったねえ。

『流行感冒』は現代に通じるテーマだが、いくつかのファインプレーがあって、いい話になった。表題作『小僧の神様』のオチ(突然作者が出てきて解説)は正直良いと思えなかった。

現代語古事記 決定版 (竹田 恒泰)

大和の成り立ちが書いてあるという古事記。神話の解説をしつつ、(当時の)現代の天皇の御世に至るまでを記す。まあ悪いけどロクでもない記述なんだろうな、という印象を持っていたけど、思った通りだった。「史記」や「ガリア戦記」を思うと、この書物の価値は低いと思う。

なんでかというと、単に神々と天皇家の婚姻や内輪喧嘩の記録で、名前が大量に出てくるけど実際名前を記録するだけのための記述にとどまっている。事蹟が記述されるケースが少ないのだ。倭建命の冒険とかは割と書いてある。まあただ、歌がたくさん出てくるので歌集のように使うことはできると思う。ひどいのは誰と結婚して誰を生んだ、そんで死んだ、みたいなだけの記述だったり。何をしたか、どんな人物であるかが大切な現代のような時代とは異なる価値観を持つ時代だったということなんだろう。誰と結婚して誰を産んだか、が重要視される世界。いやだねー。

月は無慈悲な夜の女王 (ロバート・A・ハインライン)

月が地球から独立して自由を勝ち取るまでを描いた名作SF。長い。

武器らしい武器を持たずにどうやって自由を勝ち取るか。いろいろあってまあ、当然勝つんだけど、いろいろある。名作だけあって凄く良く練られているし、徐々に明かされていく設定なんかも非常にそれっぽいリアルがある。これぞサイエンス・フィクション、と呼べるね。名作と呼ばれるのもうなずける。

もっと若いころに読んでおくべきだったな。この年齢になると、ここまでの大作はむしろ辛かったりするので。

100万回生きたねこ (佐野洋子)

日本を代表する絵本。ねこの話で、意味がわからなくても感動するという不思議な絵本。

これいろいろな考えを持つ人がいるんだろうけど、結局「生きてない奴は死ねもしねえんだよ!」ってことなんじゃないかと思った。こいつやっと生きることができた、だから死ねたんだと。

このねこ、100万回飼われて…まあ100万は比喩だと思いますけど…全部の飼い主を嫌いだったんですね。でも飼い主は全部このねこを好きだったんです。で、死ぬと泣くんです。そして(恐らくは丁寧に)埋葬する。でもねこは飼い主が嫌いだった。

賭博者 (ドストエフスキー)

文豪・ドストエフスキーの異色作。本人の体験を元に、バクチに狂った人々を描く。書いた経緯がいいよね。バクチ旅行ですってしまい、出版社に泣きついて速攻で書いた(口述筆記)とのこと。さすが俺達のドストエフスキーだよ。そう来なくちゃね。

バクチの描写が良かった。バクチの場面だけは生き生きとしている。それ以外の場面はまあ、普通にドストエフスキーだな。周囲の人物の怪しさもいい。どの人物を取ってみても、まんべんなくあやしすぎる。最後まで何一つ明らかになってないし(笑)。大した伏線が張り巡らされているわけじゃないし、物語とかそんなこんなには意識を向けることなく、賭けまくる。そしてラストもいいよね。やっぱそうでなきゃドストエフスキーじゃないよ。さすがだぜドストエフスキー。俺達のドストエフスキー。