私は40年くらい生きてきた。国との貸し借りみたいなものはどうなっているのか。 まず国の一般会計支出はこの40年を平均すると75兆円/年くらい。これは財務省のサイトに載ってるExcelファイルで計算できる。で、日本の国民はざっくり1億人程度だから、割ると75万円/年くらいが国民一人あたりの国家の支出と推計できる。これが40年で3000万円くらいが私の受けた恩恵の値段になる。 で、収めた税金だけど、学生時代のバイトは置いといて、これまで16年程度社会人やって働いてきて、だいたい平均すると年収は500万かそこいらだろうと思う(←実際の額とは差があります念のため)。20%の所得税で収めた所得税は100万円/年。これが16年だから1600万円くらいが国家が私から受けた恩恵となる。実際は他にも税金たくさん払ってて、でも所得税が一番大きそうだから他の諸々を足すと、ざっくり2000万くらいかな。 だから私の人生では差し引き1000万くらいは借りがあると考えればいいのか。 会社とかも法人税を払っていて、だいたい所得税と同額かちょっと少ないくらいが吸い取られてる。国に払われていなければ私がもらえていたと、そう思えば私は国家に貸しがあるのだが、実際はどうか。もうちょっとmof(財務省)のサイトを見てみると、所得税:法人税:消費税はだいたい14.6%:8.4%:11.0%とのこと。消費税が意外にでかいのね。所得税が100万円とすると法人税は58万円、消費税は75万円で、合計してだいたい230万円/年の税金が私の貢献か。 となると16年続けて3700万くらい払ってるから、700万も貸しがあることになる。 しかし、もう少し考えると、所得税そんなに払ってないよね、という話になる。けっこう控除があるから年収500万の人は100万も取られてないじゃん? まあざっくり、トントンくらいなんじゃないかな。40才ってそのへんのバランスもちょうどいいよね。 この考え方は、老人になればなるほど貢献が大きくなるという罠があり、その危険は大きい。
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ナビスコやっぱ敗退しましたね。薄すぎる可能性だったけど、ないわけじゃなかったのでちょっぴり期待してしまったよ。 というわけで最近の通勤電車ゲームシリーズ。 Sudoku、Calcudoku(Mathdoku)、Primes、Bridges、Pearl(Masyu)、Rectangles、SignPost(Pfeilpfad)に引き続き夢中になっているパズルゲームは、Towers(Skyscrapers)だ。相変わらず「Simon Tatham’s Portable Puzzle Collection」が大活躍という状況。ありがとうSimonさん。私には6x6 hardがちょうどいい。Towersはホントに絶妙で、SudokuやCalcudokuでは疎な集合(…と表現するべきか? 私は勝手に「アライアンス」と呼んでいる。例えば12が2セット同列にあったら他の場所は12以外しか入らないという法則)ができやすいのだけど、Towersはこれが非常にできにくいのだ。で、予想以上に頭を悩ませることに。 これでだいたい片道で1〜3ゲームくらいになることが多いかな。ヘタすると解けなくてギブアップすることすらある。ちょうど燃えるくらいの良い難易度。6x6 easyなら数分あれば解けないことはほとんどないのだが。 で、頭を使いすぎたなと思ったら、、、
ここ最近トラブル続きのdelicious.comのrssはついに更新されなくなった…これじゃ使えんなぁ。 ブックマークレットも動かなくなったし、本格的に使えなくなりそうだね。終わりの日は近い??
さいきん電車に乗って白金高輪(しろかねたかなわ)を通り過ぎることが多いんですけど、まあ白金高輪駅で降りたことは一度しかなくて、降りてもたいした商店街があるわけでもなくて、そのときもラーメン屋くらいしか行ってないんですけど、まあ悪くないラーメン屋だったとは思ったんだけどそれは置いといて、通り過ぎるたびに、 シャイロケイン・テイカナゥワー! と言いたくなる衝動を感じるんだよね。当然、発音は大げさにDJふうなんだけどね。shiro kane, take an hourだからね。だいたい自宅から1時間くらいだし。 そして日吉(ひよし)行きにも乗るんだけど、 ハイヨゥシィ と(略)
Picasaついに終了。デスクトップアプリも更新停止予告。やりやがったよ。ふざけやがって。 これまで写真の整理にこのPicasaのデスクトップアプリを使っていた。Webアルバムとかは正直どうでも良いけど、デスクトップアプリはかなり重宝していた。これまで顔認識による3兄弟の顔の違いをがんばって覚えさせてきたからなぁ…まだ間違うことがあるけど、だんだん学習できてきてたのに、無駄になるとは。 こういうメタデータはどうやったら別のソフトに引き継げるんだろうか。私はGoogle様のサービスに写真をアップロードする気がなくて、単にEXIFから得た日付時刻でファイル名を生成してS3とローカルHDDに上げていくだけという管理方法でやってきている。自前のコピーのスクリプトがあってね。今はGolangで実装し直したやつを使ってたりする。 それで、たまにネットに上げたい写真があったらPicasaではなく電話機とかからFlickrに上げる。そこは区別を意識し続けないといけないところ。無節操にプライベートをアップすべきではないと。そしてそういうプライバシーは置いといた利便性という点では、ネット系のサービスって(今回Googleのような超巨大優良企業が運営するPicasaが終わる事実を見て分かる通り)永続性に問題があるし、プライベートの写真をわざわざクラウドに上げなくても管理できるはずでしょ? 写真管理に必要なのは永続性と閲覧の快適さ。 # プライバシーの確保も前提になるだろう 永続性はS3とローカルHDDで多重化しておけばまず問題ない。Tokyoリージョン(ap-northeast-1)にしてしまったのは後悔しているが。関東地方が滅亡したらうちの写真が終わる…そんなときに自分が生き残っている可能性は低いか。 そして閲覧のところをPicasaのデスクトップアプリでやってたんだよ。あれはすいすいスクロールしてスムーズに閲覧できて、顔認識やGPSデータ、タグづけ、検索もできて、つまり写真を管理しやすかったので気に入っていたんだ。例えば年賀状写真を選ぶときにPicasaならすいすい探せるでしょう? Picasaに移る前はLinuxのVMを立ててdigiKamというKDEのソフトを使っていたんだよね。あれも割といいソフトだった。まあ顔認識はなかったけど。 次はどのソフトを使えばいいのかな。しばらくはPicasa体制を続けるけど、そう何年も持たないから、いつかは乗り換えなければならない。憂鬱だ。
行きは南北線飯田橋まで行くのに、気づいたら本駒込でドアが閉じる寸前だった。何駅乗り過ごしてんだよ俺。帰りは武蔵小杉で降りるのに、終点の日吉まで乗ってしまった。アナウンスで終点に気づく…決して鉄道マニアではありませんよ。 ちょっと小説に熱中しすぎた。年齢もあるのかもしれないが、反省点としては、注意力が散漫になっているというか、公衆の場で油断、一つのことに没頭しすぎている。こんなことでは暴漢に襲われた時に対処できないと思う。だって初撃をさばけないでしょ。話にならない。まあ今読んでる小説は異常に面白いんだけど… 立ってる時はスマフォーでニュースとパズルゲーム。今はSign Post(Pfeilpfad)という名前のパズルをやってます。そして座れば読書。
最近は6x6のCalcudokuはもう、やりすぎて飽きた。その代わりに夢中なのが、Pearl(Masyu)ですね。 これです→ http://www.nikoli.com/ja/puzzles/masyu/ アプリで言えばSimon Tatham’s Puzzles。これでPearlというのがあって、ニュースに飽きたら通勤電車の中でずーっとこのパズルをやっている。たまにSlantとかもやるかな。このアプリはたくさんの面白いパズルが楽しめるけど、ルールが英語でしか出てこないので複雑なやつは理解できないこともあったり。まあルールが分かっても解けないのもあって、得手不得手はあります。 全てのパズルを解き終わった時、おれは…。
衝撃が走った。
「100のるる」を「TOKYU POINT10ポイント」へ交換
いや、むしろ飛ぶ! 衝撃が飛んだ。飛んでった。あの伝説のサービス、のるレージが終了。しかしこの交換比率はどうなのか。東急内の勢力争いに負けたのか? のるレージはついにTOKYU pts.の敵対的買収に屈したのか?? まあ抽選は当たらないしポイントがたまってもらったトランプもどっか行っちゃったし、あたし今何ポイントあるのかなー、というのが気になって見たら、だいたい1500ポイントのるるくらいだった。TOKYU POINT 150ポイントか…TOKYU POINTはPASMOへのチャージ額から換算する方法を使ったおれの独自の計算によれば、1TOKYU ポイントが日本円で約1円という値がはじき出された。なるほど。150円を守るために新たなポイントカードを作るか否か、という問題なのね。 私はPASMO自体はヘビーユースしているものにオートチャージもできてないので、つい先日も駅の券売機で手動チャージしたくらいの原始人なのだが、これを機に東急と心中する覚悟で人生に臨むか、それとも… 悩ましいな。
私は幼少の頃の記憶があまり豊かではないのだが、割と鮮明に覚えている話。 近所に駄菓子屋があったんです。当時すでに流行ってなかった。私はクラスの友人(薬屋の息子)とその駄菓子屋に行き、友人が言うんです。100円を86円にしてもらえるよ、両替って言うんだぞ、スゴイだろ! と。お兄さんか何かとそういうことをしたんだそうです。 で、駄菓子屋のおばちゃんに同じことを要求するわけです。買い物の前に100円玉を86円に交換してもらう。なぜか喜んでて。おまえもやれよ、みたいな感じになって、やったんだけど、やっぱり減ってると思って、86円を100円に変えることはできないの? とおばちゃんに聞いたらダメだと。結局返してもらえませんでした。 子供心にも「こいつ、騙されてるんじゃねーの? むしろおれも騙されたんじゃねーの?」と思いました。今考えると、お兄さんが弟を騙してカネを巻き上げるのはまあしょうがないとしても、店員が子供の無知につけ込んで10円だか20円だか? を騙し取るのは褒められませんね。親が知ったら文句を言いに行くところだよね。私は誰にもこのエピソードを告げずにいましたが、その駄菓子屋はじきに潰れてコンビニになりました。 コンビニ店員は普通バイトの子でも小学生を騙したりはしませんね。試したことはありませんが。 これ、時期はあまり定かじゃないんだけど、引っ越してきた後なら小学校6年生の後半のときの話のはず? しかしエピソードとしては幼いし、あそこがコンビニになる前の駄菓子屋時代ってことは小学校1年生か? 1年で子供だけで駄菓子屋に行くかなぁ。1年の夏に引っ越して6年の夏に出戻りだから、1年のときの友人と6年のときの友人は共通してるんで人物では区別がつかないんだよね。でも持ってった金額が100円200円だから、やっぱ1年生だったんでしょうね。6年なら普通に買い物できてた時期のはずだし。