歌に私は泣くだらう―妻・河野裕子闘病の十年 (永田 和宏)
歌人にして生物学者の著者が妻の闘病生活を描く。和歌を織り交ぜながら。日経のコラムかなんかに本人が書いてたのが、この本を借りてみた動機。一家で歌人だったんですね。私も我が子がポエムっぽい独特の表現方法を持っていると感じることがあるが、仮に将来ポエムで生きていきたいという話になったら…まあそのときは家族会議だわな。私には測定できない種類の才能。
なんというか、どう死ぬのがいいのかな、と読みながら思ったことであった。自分としては家族よりも先に死ぬだろうとなんとなく思っているので、残される状況というのはあまりピンとこないという要素もあり、先に死ぬ前提でシミュレーションだよね。耐えられる苦痛であれば顔に出さずに耐えてみせようし、耐えられない苦痛であればさっさと死にたい。結局はそれだけだ。
最初のガンでは妻の精神がちょっと狂ってしまい、次のやつでは夫のほうがちょっと狂ってしまう。そこに和歌という要素が絡むのね。でも1ヶ月も罵声を浴びせ続けられるなんて俺には耐えられないよね。数日でも「こりゃ限界超えてるな」と思うことがある。数日ならウチでもあるんだよ普通に(笑)。まあもうちょっと続いたら旅に出てしばらく帰らないですよね。自分もガンやりましたけど、家族に毒を吐こうという気持ちにはならなかったな。まだ5年経ってないですけど、私にしても、今でも再発したらかなり高い確率で死ぬわけだが、狂ってもしょうがない状況だったのか? いやそうは思えないな。誰しもいつかは死ぬわけだから。その時間が制御できないだけに過ぎなくて。
まあ、この人みたいな激情がないと良い歌ができないのかもしれないけどね。この人は生きてれば作れたはずの歌が作れなくなるというのが悔しいという気持ちがあったようだ。俺たちみたいなクリエイティブな人間には共通する悩みか。俺たちみたいなね。俺たちみたいな。