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山椒の実

朝比奈さんと秘密の相棒 (東川篤哉)

恋ヶ窪の高校を舞台にしたミステリ。トリック重視でテンポが早い。この人あれだよね、南武線ミステリの作者か。どおりでこの作風。

人格入れ替わりをお約束にしつつ、さまざまなトリックを見せてくれた。序盤はワリと深刻な結果になっていたが、たんだん高校生らしく穏やかになっていった。最後だったか、茶室のやつは無理がありすぎるんでは、と思った。まープールのやつもたいがい…むしろ全部か。

しかし記憶を引き継ぐというだけじゃ説明できてないよね。表人格で観察できてないと思われる情報も裏人格が持っている場面があった。まあそこまでの設定は考えなくていいのかもしれないが。

Y (佐藤正午)

中年男性タイムスリッパー物語だ。高校生じゃないけど、高校時代の同級生が絡むのでギリセーフ? そんな計算のありやなしや。それを名手・佐藤正午がどう描く。まさに真骨頂だ。ジャンル的にはSFだよね? SFというもの自体の、他のジャンルと混ざりやすい特色が云々…

かなり面白かった。なぜピンボイントで行き先に確信を抱くに至ったのかには興味があったが、思えば叶う? そういうものなのかもしれない。あとは予兆のショートスリップの時もsrc側の身体は死んでんのかな、という疑問も。ロングだから死、ロングならでは死、というのも違うような気がするんで。そしたらタバコつけたまま突然死すのかと。退社ドア死も事件でしょうよ。そしてdstは入れ替わる元の人格はどうなるんだ。仮にsrc側に移行するならsrc側は死なないんじゃないの、いや死んでたし、ショートの時も移行してないよな…つまり消滅? うーん、タイムスリップの原理も、こうなると悩ましいものだ。

書けないんじゃない、考えてないだけ。 (かんそう)

これはあの「助詞野源」の人かな。ネット上に君臨するエース級の文筆家。代表作は数多くあり、ヒットメーカーと言ってもいいだろう。適度な反復とリズム重視で熱量のある文字の嵐を読ませていくスタイルだった気がする。テキストサイトの王道後継者みたいな? 文章術本の著者としては説得力のある人物だと思うよ。

まーこれやっぱ、俺たちを限りなく熱くするのはテキストデータなんだよなあ。オレはそう思う。強烈なやつはいつだってテキスト。画像や音声、動画ではこうはいかないのだ。探してみたら、今は有料noteに移ったんですね。儲かってるといいなあ。

全員犯人、だけど被害者、しかも探偵 (下村敦史)

なんというバカげたタイトルだろう。果たして中身はどうか。

部屋数が限られた密室に監禁された状態からの、この疾走感。いいねえ。途中からはダレた気がする。自殺の原因まではいろんな要因が出てきて次々に「なるほど」と思ったけど、殺人の実行犯となると死亡状況によって手段が限られてきて、その中での争いになるのでバリエーションが乏しくなってしまう。

タイトルはしっかり満たしていた。死者も多い。できるだけ多くの登場人物に3役ずつ割り当てていく。思っていたより多かった。クライマックス後の強制余韻のようなラストは蛇足とも思えたが、人数稼ぎのためなのかねえ。しかしこれさ、実際生き残ったのが兄か弟か分からないよね。

ニワトリ 愛を独り占めにした鳥 (遠藤秀紀)

ニワトリはなぜニワトリなのか。おおニワトリ、ニワトリ! あなたはどうしてニワトリなの? 生物学者は語る。

最初の章からすごいな。現代の鶏卵鶏肉生産の効率化が冷徹な描写で語られる。この工場的な生産体制において、愛とは。いろいろな品種改良の話、文化的な話も。

セキショクヤケイというニワトリの原種を追う話が全体を締めつつ、ところどころ皇室を絡めながら感情や好悪を込めてニワトリを語るのだ。オジサンはあまり好き嫌いを前面に出さないほうが…とヒヤヒヤしてしまう。

名将名城伝 (津本陽)

全国にあったいい城をネタに四方山話を語る。津本陽が、だ。まあこの人の名前がなければ読む気にはならない内容だよなあ。それでも読んでしまうのだが。キン肉星宮殿と瓜二つと言われた大阪城も大トリに入っていた。サラリーマン時代はあの辺が通勤路だったらしい。なるほど。

まあ、読む前から「そんな感じ」だろうと思っていた、読んだ後も「そんな感じ」だったな、という感想。こういうの好きな人もいるんじゃないか。まあでも、本願寺と大阪城の話とかは悪くなかったな。やはり思い入れがあると熱量も違う。名護屋城についてはあんまりイメージがついてなかったのだけど、本書の記述のおかげでだいぶ構図がハッキリしたので良かった。他にも琵琶湖周辺の佐和山城や坂本城のあたりについても同様。

マグロ船仕事術 (齊藤正明)

ニンジャスレイヤーの名作、マグロ・サンダーボルトを思いながら、マグロはえ縄漁船に乗った会社員の本を読む。

閉鎖空間でうまくやる、ということで、宇宙飛行士みたいな感じなのかなあ。いいヤツでいるしかないと。褒め合おうとか、そういうことが説得力を持って述べられている。必然的に、自分の振る舞いや、自分の職場のありようを省みてしまう。残念ながらウチではチクチク言葉は禁止されてるんでね。

この人は下船後、何かと助けられながら会社を改革していったらしい。なかなか素晴らしかった。船酔いで吐きまくってフラフラになりながら、学び取る部分を見つけていく技術があったってとこがスゴいな。先日読んだなかにし礼の本にも似たように船酔いでフラフラになるシーンがあったけど、彼らは学ぶどころの話ではなかったなあ。自分もグロッキー状態で何かを学べる技は持っていない。

国歌を作った男 (宮内悠介)

短編集。なんていうか、他愛もないフィクション? みたいな。なんつーか、ハルシネーション的な感覚がある。大して語りたいテーマやメッセージもないのに、淡々と現実的な嘘が並べられていく。

中では、料理魔事件が良かったかな。開高健のやつは、あんまりだろうと思った。表題作のゲームクリエイターの作曲家の話はどうだろう。私にはあまり刺さらなかったなあ。この世代の作家がMSXとか経験してるわけ? と思って思わずWikipediaを見たら、割と同世代な…自分より少し下のやつだった。ならMSXもありえるな。早熟なやつなら。文章を読んで、だいぶ若い印象を受けたんだけどなあ。しかも出身校が同じ…そう来たか。中ですれ違ってた可能性があるわけね。

これが最後の仕事になる (講談社編)

先日の捨てるやつと同じシリーズで、第二のぷにょぽんを探して読んでみたというわけだ。今度は最後の仕事がテーマ。タスク管理で、todoが、あるいはready状態にある項目が残り1つになってしまう、ある意味わびしい状態か。

今作は飛び抜けて良い作品はないけど、佳作が多かった印象。特別に引き込まれたり余韻が残ったり癖になりそうだったり、そういう作品はない。良かったやつと言えば、デスメタラーのバスガス爆発の話、スフィンクスの謎掛け二本足の話、看護助手の話、離婚する話。このあたりか。作家側は、それぞれに実力を見せたんじゃないかな。

ゾンビのいた季節 (須藤古都離)

ChatGPT調べによれば、ゾンビは夏の季語として使えるだけの性能が確認されているとのことです。そして冬は冬眠するやつもいるとか。知らなかったー、ためになるなぁ。

呪われた銀山跡を舞台にした、まるで美しい映画のようなストーリー。その安定かつスリリングなストーリーテリングで、さすがの技巧が冴え渡る。ゾンビから逃れて核シェルターに立て籠もった著述家が書く物語とは。

なんだこれは。まずは視点がたくさんありすぎる。小説家、マフィア、ギャング、編集者、警察官、映画人、軍人、マニア。人数の少ないジェスローの中にもいろんな家族がいてそれぞれのキャラクター、生きる世界がある。群像劇というか…多少混乱したがどうにか読み進めた。最後は前代未聞の無撮影爆発エンド。そんなのってあり? かえすがえすも教会は撮っておきたかった。あんだけ燃やすことを熱望していたのに。