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山椒の実

ジハーディ・ジョンの生涯 (ロバート バーカイク)

ISの、あの覆面の処刑人、モハメド・エムワジについて記した本。イギリス人ジャーナリストが、エムワジがシリアに渡る以前にインタビューしていたことが分かったので、取材をして本にした。

インタビュー時点のエムワジはイギリスの諜報機関から嫌がらせを受けていて、結婚や就職も邪魔されていた。それで絶望したことも、彼がシリアに渡って処刑人になった一因ではないかという印象を持たせる。実際に多くのムスリムが脅され、スパイとして勧誘されていた/いるようだ。

子供の頃はサッカーが得意でマンUでプレーするのが夢だったとか、宗教的には不真面目な若者時代を過ごしていて、なんらかの影響があってそういう方向に進んだと。

ジハーディ・ジョンというのはビートルズにちなんだ名前で、彼らが自称していたわけではありません。人質を殴る(beat)看守でイギリス英語を話す奴らということでビートルズと(人質が)呼んでいた、という話。こいつはジョン・レノン相当なのでジョンと呼ばれていたらしい。ジハーディのところはマスコミがつけた。ジョージとかポール、リンゴもいたらしい。

今はこういう人のことをジハーディストって言うんですね。そこには内戦で苦しんでいるムスリムを助けたい、という動機があり、聖典におけるジハードに関する例外的な記述、という後押しがある。

あのへんはいろいろな組織が出てくるんだけど、ISはカリフ制を目指しているらしい。カリフって何? と思ってWikipediaを読みふけってしまったよ。カリフ、スルタン、アミール…

エムワジの殺され方は物悲しく、そこに物語がある。彼は2度も婚約したけど、諜報機関によって婚約者の家族に嫌がらせをされてそれぞれ破談になったという過去があるんだよ。それで絶望しつつも家庭を持ちたかったらしく、シリアでは看守/処刑人として過ごすかたわら、結婚して子供もいたらしい。それが突き止められたら、速攻で家から出た車両を無人機でドーン! だ。なんと悲しみに満ちた最期か。実際イギリス育ちではあるんだけど、転校生で、クウェートのビドゥーン(無国籍者)の家に生まれたらしい。それで、そういう嫌がらせを受けたこともあってイギリスが住みやすくなくなったとき、アイデンティティをクウェートに求めたわけだ。それでも渡航を制限されて、国外脱出するのにすごい苦労したみたいだね。ただそれでも行ったり来たりしていたようだが。虫歯の治療とかでね。

そして最終的にはこいつは世界中のヘイトを集め尽くしたわけだけど、エムワジも結局は看守レベルであって、それをさせた上司というのがいるわけでしょ? 実行者がここまで責任を負わせられるいわれはないんじゃないかと思う。

長じて実際にこういう行為をするようになるわけだから、諜報機関の見立ては正しかった、ということになるんだろうけど、原因と結果を見間違えてる可能性はないか、という気持ちにもなる。普通にイギリスで家庭を持っていたら処刑人にはなってなかったろう。その未来を妨げたのは誰だろう、と思うとね。こんなの、マッチポンプじゃねーか。そして力をつけた諜報機関によってムスリムがまた執拗な嫌がらせを受けて、絶望の連鎖が完成するわけだ。

そして現代に至ったこの、ゼロ・トレラント社会。今の偉い人たちは、この問題を解決して綺麗な未来を作れるんだろうか。非常に考えさせられる、良書だった。