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山椒の実

ほんとうの診断学「死因不明社会」を許さない(海堂 尊)

死んだら画像診断(CTやMR)取りましょうよ、という本。死因の特定にもつながるし、解剖と比べて死者/遺族にも医者にも負担が軽い。結果が出るのも早い。生きてる間は割と気軽に画像診断しますよね。病気が治った後なんかは特に。で、死んだ時になると画像診断なしにいきなり解剖になってしまうと、治癒後の状態と死んだ状態の比較ができない。学問としてはそれは困るし、世の中にとっても悪くないものですよ、という話。

難しい書き方をしているが、筋も通っているし妥当な見解に聞こえる。虐待とかで強く引っ張られたりすると身体の中に気泡みたいなものができることがあるらしい。こういうのは解剖すると逆に分からなくなるとか、そういう話もあった。解剖と画像診断は相反するものではなくて、検視→解剖となっているのの間に入れれば良くて、画像診断だけで済めば解剖しなくて済む場合も多い。実際解剖に至るのは全体の死者のうちのごくわずか。画像診断を多めにやって解剖減らすとか、やり方はいろいろ考えられるだろうと思った。

あとは、CTにしても撮るのに技量があって邪魔な腕が写って良くない画像ができたりするとか、そういう印象的な話も多かった。

画像は保存できるし、医療系の画像データがこういう形でたくさん集まれば、Googleあたりに渡せば診断を自動化できるんじゃないかとも思える。解剖で組織を取ることを考えると、文字になった所見やある程度のデータは残るだろうけど、残すデータとしては画像のほうが優秀なんじゃないかと思うなぁ。人手を介さずにタグ付けができれば、まあ医者の仕事は減るかもしれないけど、人類にとってはいいことだろう。データが後世の役に立つんだから、保存の価値はある。

で、この著者はこの画像診断をAiと呼んでいて、Aiの導入を妨げる勢力やいい加減な仕事で報告を書いたチームについてこき下ろしている。著者は医者でもあり学者でもあり小説家でもあるらしい。なるほど。